恋人とのデートがきっかけで初めて美術館を訪れた全盲の白鳥建二さん。その日、作品を前に語られる言葉を聞きながら「全盲でもアートを見ることはできるのかもしれない」と思うようになった。そして自らあちこちの美術館の門を叩いた白鳥さんは、いつの間にか「自由な会話を使ったアート鑑賞」という独自の鑑賞法を編み出した。それは、期せずして、目の見えるひとにとっても驚きと戸惑い、そして喜びを伴う体験であった。
本作は、そんな「全盲の美術鑑賞者」の20年を振り返り、その友人たち、美術館で働く人々、新たに白鳥さんと出会った人々を追い、彼らが紡ぎ出す豊かな会話を追ったドキュメンタリーである。
「6つの個展 2020」(茨城県近代美術館)より 塩谷良太「物腰(2015)」2015年
水戸から東京、新潟、そして福島へ。アート作品をめぐりながら、白鳥さんは渡り鳥のように旅をしていく。カメラは、その旅路や見えない日常を追いかける。そして、白鳥さん自身もデジタルカメラを手に持ち新たなチャレンジへ。すると何かが少しずつ変わっていって……。答えのない問いを胸に抱えながら、分断の時代を生きるわたしたち。アートの力とはなにか。障害とは何か。見えないからこそ見えてくるものはあるのか。異なる背景の人々が一緒に作品を見て、語りあう、その意味とは-。
「見える」「見えない」、障害と健常、アーティストと鑑賞者といった「線」を超えようとする人々。他の誰にもなれない孤独な存在同士が織りなす静かな波を映し出す。
本作はスマートフォン等の端末を通して
字幕や音声ガイドを楽しむことができる
「UDCast」対応作品です。
(ご利用には専用アプリのダウンロードが必要です)
「想像」
想像はころころかわる 想像はなんでもつくれる 想像は触れられない 想像はとっておけない 頭のなかにある 想像で鳥をつくってみる もう1回つくってみる 同じ鳥にはならない
カイ カセイ(小学2年・詩人)
わたしは時々、自分を「誰にもわかってもらえない」気がして、とてつもなくさみしい気持ちになる。孤独のような感じ。人はやっぱりひとりで生きていて、みんな違うし、なんでもかんでもわかりあうことなんてできない、とわかってはいるんだけど。
「見方」に正解のないアートを前にして白鳥さんたちが話すのを見ていると、自分に何が見えているのかも、わからなくなる。画面を通して白鳥さんを知れば知るほど、白鳥さんのこともどんどんわからなくなる。誰かのこと、アートのこと、自分のこと、「わからない」けど「わかりたい」。知りたいと思う気持ちは、どこかあたたかい。もっと知りたいと思える幸福は、ひとりのさみしさと背中合わせにあるのかもしれない。
青山ゆみこ(文筆・編集)
全盲の美術鑑賞者がどんな風にアートを楽しむのか、最初はまったく想像つかなかったけれど、見えないはずの白鳥建二さんを触媒にして、 その場を共有する全ての人たちの「観る」という行為が変質し、互いのイメージの重なり合いが無限の作品像を結んでいく様にわくわくさせられた。 観るという行為の本質的なシビアさ、面白さ。きっと世界のあらゆるものが、こんな風に暫定的な像を結んでいるに過ぎない。道端でふと見かける 小さく美しい無名の花だけでなく、歴史や、国家も。僕らは今までこの両眼で、いったい何を見て来たんだ?僕らはもっと、見ることが出来たんじゃ ないのか?真摯に、懸命に、全盲の美術鑑賞者のように。「見る / 観る / 視る」ことの意味を根底から塗り替えてしまう、刺激的なドキュメンタリーだ。
七尾旅人(音楽家)
障害のある、ないの垣根について考えたり、アートについて考えたり、本当にたくさんの見どころはありますが、一番心に残ったのは、白鳥さんの作る場がきっと心地よく、発見があり、本人もそれを楽しんでおられるんだろうなということ。そんな場のもつ力をじわっと感じられる、白鳥さんと一緒に旅するような映画でした。
江口由美(映画ライター)
地域 | 会場 | 日時 | 主催・問合わせ | 備考 |
---|---|---|---|---|
沖縄・那覇 | 沖縄県立博物館・美術館 講堂・美術館講座室 | 2024/12/15 | 沖縄県立博物館・美術館 | 日本語字幕版、音声ガイド版 |
兵庫・加東 | 国立大学法人 兵庫教育大学 | 2025/1/29 | 兵庫教育大学 教養ゼミ | 日本語字幕版上映 |
全盲の美術鑑賞者
20年以上前から美術館に通いはじめ、年に数十回は美術館に通う自他ともに認める「美術館好き」。水戸芸術館の「session!」をはじめに、さまざまな美術館で美術鑑賞ワークショップなどのナビゲーターを務める。2005年くらいからデジタルカメラで写真を撮り始める。一人で歩くときに撮影するのが習慣のようになっている。酔っぱらって調子に乗ると、やたらと撮りまくる傾向にあり、撮影した枚数は40万枚。シャッターボタンを押した時点で、ほとんど完結していて、その後のことについてはあまり興味がない。
2014年水戸芸術館現代美術ギャラリー(茨城県)ヂョン・ヨンドゥ「地上の道のように」作品協力。2021年はじまりの美術館(福島県)「(た)よりあい、(た)よりあう。」に写真家として出展。2022年アトリエみつしま企画展「まなざす身体」に写真家として出展。
アートエデュケーター / 白鳥さんの友人
水戸芸術館現代美術センター 教育普及学芸員を経てフリーランスに。高校生の時に現代美術に出会い、作品やアーティストの考え方に救われた経験から、美術館に行ったことがない人や美術に苦手意識のある人も楽しめる、ワークショップや鑑賞プログラムの企画運営をしている。令和3年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として、オランダの美術館で教育プログラムの調査研究中。
水戸芸術館現代美術センター
教育プログラムコーディネーター。水戸芸術館開館時よりスタッフとして勤務。多様な市民との協働により、数多くのワークショップや鑑賞ツアーを企画運営。関わる人たちそれぞれのアイデア、特性を、訪れる他の人の楽しみに連結しながら、作品と他者、そして新たな自分と出会う場所としての美術館像を探る。1998年のある日、来館者の一人として出会った白鳥さんとも鑑賞ツアー「session!」を長く続けている。
はじまりの美術館 館長
社会福祉法人安積愛育園理事・マネージャー / はじまりの美術館館長。1974年福島県生まれ・在住。福祉作業所の支援員・中学校教員を経て、2003年社会福祉法人安積愛育園に入職。知的に障害のある利用者の創作活動支援プロジェクト「unico(ウーニコ)」に携わる。2014年はじまりの美術館開館より現職。福島県文化振興審議会委員、全国手をつなぐ育成会連合会機関誌「手をつなぐ」編集委員なども務める。
はじまりの美術館 企画運営担当
社会福祉法人安積愛育園はじまりの美術館企画運営担当。1984年栃木県⽣まれ、福島県在住。2007年立教⼤学コミュニティ福祉学部卒業。会社員、飲食業などを経て、2012年に福島県猪苗代町に移住。開館前から行われていた「寄り合い」に参加することではじまりの美術館と出会い、2014年より現職。企画運営担当として展覧会の企画やイベントの企画など美術館の仕事をしつつ、町内の同世代たちと地域を盛り上げるためのNPO活動なども行なっている。
はじまりの美術館 学芸員
社会福祉法人安積愛育園はじまりの美術館学芸員。愛媛県生まれ、福島県在住。2016年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。学生時代は病院でのアートプロジェクトに携わった他、地域での小さな展覧会などを実施。はじまりの美術館では主に、展覧会の企画運営、広報、アーカイブ事業などを担当。
ノンフィクション作家 / 本作品共同監督
アメリカ、南米、フランス、日本を転々としながら12年間国際協力分野で働いた後に、フリーランスの物書きに。現在は東京を拠点に、アートや音楽などのテーマでノンフィクション書籍の執筆活動を行う。ある日、友人である佐藤麻衣子さんの紹介で、全盲の美術鑑賞者・白鳥建二さんと出会い、一緒に全国の美術館をめぐるようになる。2021年には『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)を出版。同書は、今回の長編映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』の原案となった。
版画摺師 / 白鳥さんの友人
みることが生きかえるように。つまり、みることに挫けないように。本当はいつでも不十分なんだと思うばかりです。映画をつくることもおそらくそうだと思います。本をつくることもおそらくそうでしょう。ワークショップをつくることも同じです。だから、難しくて、だから面白くて、ケンちゃんも多分おんなじだと思うかな。そんな感じですね。
共同監督
映画監督 / プロデューサー。1972年岐阜生まれ。1995年 日本大学芸術学部卒。音楽専門の制作会社入社。MVやライブ映像の制作に携わる。2000年PROMAX&BDA AWARDS受賞。広告会社を経て2005年独立。癌を患った友人の奥山貴宏を追った記録がNHKのETV特集「オレを覚えていてほしい」で評判となる。2008年より東京藝術大学デザイン科講師。市井の人々が記録した8mmフィルムによる「地域映画」づくりをはじめ、全国にその活動を広げる。東日本大震災後、安曇野に移住。2015年 株式会社アルプスピクチャーズ設立。2020年 松本の古民家に拠点を移す。全盲の美術鑑賞者白鳥建二のドキュメンタリー「白い鳥」共同監督。映画を中心に映像制作を行う一方、全国の大学等で映像の指導を行う。
共同監督 / 作家
ノンフィクション作家。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、その道を断念。中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学の中南米地域研究学で修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で第16回開高健ノンフィクション賞を受賞。趣味は美術鑑賞とDIY小屋づくり。また東京でギャラリー「山小屋」(東京)を運営している。最新刊は『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)。ドキュメンタリー映画『白い鳥』共同監督。
音楽担当
(権頭真由・佐藤公哉)
権頭真由(アコーディオン / ピアノ / 歌)、佐藤公哉(ヴァイオリン / パーカッション / 歌)によるデュオ。2011年にチェコ共和国プラハの満月を長引かせて結成。ある場所、ある作品、ある人、ある夢のためのオリジナル曲や、不思議な縁で学んだ音楽を演奏する。2017年より長野県松本市を拠点とし、映画、CM、ダンス、演劇、人形劇公演など国内外の様々なアートシーンで音楽を担当している。子どもたちと創る音楽サーカス「音のてらこや」を主宰。音楽の箱舟「表現(Hyogen)」のメンバー。
アニメーション製作
(森下豊子・森下征治)
映像制作会社TANGE FILMSを運営する傍ら、2017年に拠点を茨城県笠間市へ移し、夫婦でMs.Morison名義の映像製作やアニメーション制作などの活動を始める。2021年には、笠間稲荷神社前にコーヒースタンドnaabe(ナーヴ)をオープン。
サウンドデザイン担当
サウンドデザイナー / フォーリーアーティスト。東京藝術大学音楽環境創造科卒、東京藝術大学音楽学部修士課程修了。映画、アニメーション、ゲーム、CM、インスタレーション、プロジェクションマッピングなどのサウンドデザインを手がける。現在はフリーランスとして活動中。またフォーリーアーティストとして映画、ゲームの制作に参加している。
題字担当
画家 / 装丁家。1980年横浜生まれ。9歳から毎年インド・ネパールを旅し、中学1年生で学校を辞め、ペン画を描きはじめる。1995年から南インドと日本を半年ごとに往復し個展を開催。2002年から本をデザインする仕事をはじめ、現在までに500冊を超える本を手がける。2012年、事務所兼自宅を京都に移転。著書に『偶然の装丁家』(晶文社)、『たもんのインドだもん』(ミシマ社)、共著に『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)、『本を贈る』(三輪舎)がある。
本編文字デザイン担当
アートディレクター / グラフィックデザイナー。1979年東京生まれ、静岡育ち。中学生の頃から本という媒体に関心を持ち、デザイナーを志す。武蔵野美術大学基礎デザイン学科を卒業後、株式会社日本デザインセンターに入社し、広告やパッケージデザインなどに携わる。2009年から1年間渡仏し、帰国後フリーランスのデザイナーとして活動を開始。主な仕事にVI、ポスター、グラフィック、エディトリアル、装幀などのアートディレクションとデザイン。現在はイラストの展示や本をテーマとした作品制作も行っている。
本編文字デザイン担当
グラフィックデザイナー。1978年東京生まれ、東京育ち。武蔵野美術大学基礎デザイン学科を卒業後、同大学デザイン情報学科研究室で教務補助として勤務。エディトリアルデザイン・編集に携わった後、2006年にドイツ・ベルリンに1年間滞在。帰国後、インテリアショップ・翻訳会社で、日本各地の工芸品や多言語のエディトリアルデザインに携わる。2013年よりフリーランスのデザイナーとして、エディトリアル・ロゴマークなどのデザイン制作を中心に活動。2015年より有限会社ジャーマン・カウンシル・トウキョウでドイツ語教材制作、語学留学・レッスンコーディネートに携わる。
制作補
プロデューサー / アーティスト。1976年東京都生まれ。東京造形大学卒。MOVE Art Management代表。展覧会やグラフィックなどの企画・プロデュースを行う。2012年、東京にgallery and shop 山小屋をオープンし、様々な展示を企画。一方で、記憶や五感、体験にまつわる作品制作を行う。2022年、京都で開催された企画展「まなざす身体」(アトリエみつしま)にて、共同制作者としてしらとりけんじの写真展示に参加。
制作補
アソシエイト。1973年北海道生まれ。日本大学芸術学部卒業後、子ども番組の制作会社勤務。オリジナルアニメーション「Which Way」の演出に抜擢される。音楽レーベルのマネジメント部門勤務後、4児の子育てに専念。震災を機に信州安曇野に移住。自然農など土に寄り添った暮らしを実践する。アルプスピクチャーズ設立に参加。2020年松本に拠点を移し、自身が暮らす150年の古民家を「松本 深呼吸」とし、様々なイベントを主催する。本作では主にバリアフリーコンテンツ制作に携わる。
音声ガイドナレーション担当
ナレーター/フリーアナウンサー。東京生まれ。テレビのナレーションやラジオパーソナリティ、番組制作をする傍ら、音訳にも携わる。朗読の面白さに触れ日々勉強中。現在は、NHK-F M「ベストオブクラシック」ナレーション、「変奏曲シリーズ」案内役、テレビ東京「ハーフタイムツアーズ」スポットのほか、ボイスオーバー、オーディオブックなどフリーランスで活動中。ドキュメンタリー映画「白い鳥」の音声ガイドナレーションも担当。
白鳥さんは、18年ほど前から写真を撮り続けています。これまで撮った写真のデータ数は40万枚もあるそう。誰もいない歩道、超どアップの店の看板や生垣、ぼやけた街路樹、夜の街の光が滲む夜景シリーズ…。そんな長年のアーカイブから写真をセレクトして、Tシャツを作りました。(Design by Sachiko Shintani)
ベストセラー書籍『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒著)を原案にした新しいドキュメンタリー作品が誕生。映画には、書籍に登場した美術作品やエピソードのほか、映画でしか見ることができない白鳥さんの挑戦や出会いが丁寧と描かれる。
原案書籍『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒著 集英社インターナショナル)
四六判ソフトカバー336P(カラー21P)定価:2,310円(税込)
2022年 Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞受賞作
監督:三好大輔 / 川内有緒
企画・構成:川内有緒
撮影・編集:三好大輔
アニメーション:
森下豊子 / 森下征治(Ms.Morison)
音楽:権頭真由 / 佐藤公哉(3日満月)
サウンドデザイン:
滝野ますみ(neonsound Inc.)
題字:矢萩多聞
文字デザイン:高野美緒子 / 山田眞沙美
制作補:新谷佐知子(MOVE Art Management)/ 三好祐子(ALPS PICTURES INC.)
スチール:市川勝弘
協力:茨城県近代美術館
大地の芸術祭
NPO法人 越後妻有里山協働機構
水戸芸術館現代美術センター
公益財団法人東京都歴史文化財団
トーキョーアーツアンドスペース・東京都現代美術館
社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館 ほか
バリアフリー協賛:THEATRE for ALL
(株式会社 precog)
バリアフリー版制作:Palabra
音声ガイドナレーション:東涼子
ウェブサイト:渡辺哲也(山鳩舎)
クラウドファンディング:MOTION GALLERY
宣伝協力:FINOR
SNS:『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』を配給する会 PIENO/SL
幸せはどこにある?白鳥さんは「時間」の中にある、と言った。アートの意味するものは日々拡張されつつあると思うが、人と人の出会いを作り、意見の交流を促し、互いに感じ合える「時間」を作り出すことは、これからのアートの現場において、より重要な意味を持っていくと確信する。
寺尾紗穂(音楽家・文筆家)